どーもこんにちは! ふみえです。
少し前まで、めちゃくちゃ精神的にどん底へ行っていました。
これまで落ちたトコのないようなトコロへ落ちて行ってました。
(←どこだよ?)
とにかく自分に自信が持てない…。
何もかもダメなように感じてしまう…。
今日は、どん底沼に落ちてどっぷり浸かり、そこで見つけてきた大切なコトをまとめていきたいと思います。
メンタル不安定。この正体は一体何?
ふとした時にやってくる不安と恐れ・・・。
家事をしていても、お風呂に入っている時も悶々・・。
一体この正体は何?
私どうしちゃったの?
今までなったことのないような状態。
不安と恐れが湧いてくるけど、その正体が一体何なのか?
漠然と分かっているようで分からない・・・。
と言うか!見たくない向き合いたくない
自己否定。
これが、私がどん底へと落ちていった不安と恐れの正体でした。
私はどんな自己否定をしていたの?
私はどんな自己否定をしているのか?
見つめるのも怖かったけど、ちゃんと向き合おうと何度もノートに自分の思いや感情を書き出していきました。
すると、大きく次の3つが出てきました。
- 私はダメな人間だ
- 私はつまらない人間だ
- 私は大事にされない存在なんだ
この3つの自己否定。
実はこの3つの自己否定、今に始まったことじゃないんです。
もう幼少期からいつの間にかそう感じていて、思いっきり自分はそういう人間なんだと勘違いしてここまで生きてきました。
これは親との関係の中で、自分が勘違いしてそう解釈してしまったもので事実ではありません。
↑↑これ(勘違いだと)に気づくことが超大事!!
私はこの勘違い、所属しているサロンの先輩と話していく中で、
「それは、めっちゃ勘違いやで」
そう指摘されてはじめて心から「確かにそうだな」と気づいたんです!
無意識の中の思いは、自分ではなかなか気づけないことが多いです。
実際、プロの方と話していく中で自分では気づけない潜在意識の中の思いに気付かされることが多々あります。
そしてこの勘違い、いわゆる思い込み、これがめちゃくちゃ曲者で自分で自分を苦しめてしまうんですね。
(はい、どっぷり沼に浸かるほど…)
それで、私の場合もう限界だったんです!
これ以上勘違いワールドの中で、自分を苦しめながら生きていくのに耐えられない!
「これ以上、自分で自分を苦しめないで!いじめないで・・・。」
そんな心の声が聞こえてきて、涙が溢れました。
仕事や子育て、人間関係などの色んな面で自分のできていないところばかりに目がいってしまっていたんです。
それで、無意識に自己否定・・・。
自己否定・・・。
自己否定のループ・・・。
前に、自己否定についての分かりやすい例え話を聞いたことがあります。
ある人が相手に向かって、「あなたはどうせやっても無理だよ」「前もできなかったでしょ。やめときなよ」「あなたと話していてもつまらない」「なんでこんな事もできないの」…
など、相手を否定するような言葉を延々とかけ続けると、その言われた側の人はどうなっていくでしょうか?
泣き出してしまうか、心が壊れていってしまいますよね。
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それと同じようなことを、自己否定では自分が自分に対してやってしまっているのです。
ずっと自分に対してひどい言葉をかけ続けてしまっている・・・
そりゃあ心が耐えられなくなってしまいますよね。
実際、他人に対してそんなひどい態度をとり続けることができるでしょうか?
きっとできないと思います。
でも、自己否定している人は、自分に対してそんなひどい態度をとり続けてしまっているんですね。
これでは心が泣いてしまいます。
自分の本心が泣き叫んでいます。
(私の心はそうでした…)
これまで抑え込んできた自分の奥底の感情に触れた瞬間でした。
自分の弱さとちゃんと向き合おう。そのまんまでいい!
不安と恐れ、自己否定のどっぷりどん底沼にいた私がその中で見つけた大切なコトは、
●自分の弱さとちゃんと向き合うこと
●素直に感情を感じきること
●丸ごと自分を受け入れること
つまり「自己受容」の大切さをとてもとても感じたのです。
この3つをすることで心が癒やされて楽になっていきました。
めちゃくちゃ涙も出ましたけどね。
思いっきり泣いたあとには心がス~ッとしていました。
抑え込んできた感情、見ないようにしてきた思いが不安や恐れとなって現れていたんです。
だから、不安や恐れは悪いものでもないし敵でもない。
「本当の自分の思いに気づいて」
というサインなんだなと気づきました。
本当の自分の思いや感情を無視していると、どこかで歪ができてしまう。
苦しいですよね。
だから、自分の弱さを見ないようにするんじゃなくて、そんな弱い自分はダメだと否定するのでもなくて、
その弱さに向き合っていくこと、そこを感じきって受け止めていくことで、ちゃんと自分で自分を受け入れられるようになる。
それがめちゃくちゃ大事だなと感じました。
そして、感じちゃいけない感情というものもない。
「こう感じちゃいけないんだ。」
「こう感じてしまう自分はなんて醜いんだ。」
そういうものもないんだなと気づきました。
何を感じたっていい。
何を感じても、そういう風に感じた自分をダメだと否定することがいけないんだなと。
ポジティブだけが良いんじゃないんです。
ネガティブだって私の一部。
ポジティブなところもネガティブなところも全部丸々含めて「自分」という人間なんですね。
だから、自分のポジティブなところだけを認めてネガティブな部分は否定してしまうと、偏った苦しい自分の姿になってしまう。
物事には陽陰の両面があると言われるけれど、人においても一緒なんだと。
頭では分かっているけれど、ちゃんと腑に落ちて理解できていなかった。
ポジティブもネガティブも両方ある私。
100%ポジティブ。
100%ネガティブ。
という人はきっと一人もいないと思います。
誰だって両面持ち合わせていますよね。
元気で活発な時も、少し落ち込んで立ち止まってしまう時だってある!
日本の子どもたちの自己肯定感の低さ
少し話は変わりますが、日本の子どもたちは先進諸国の中でも自己肯定感がとても低いですよね。
下の図は、内閣府が令和元年に公表した「子供・若者白書」より載せています。
上の2つの図から見ても、日本の子どもたちは自己肯定感が他国に比べて低いことが分かります。
欧米諸国は高いですね。
教育のあり方が、自己肯定感の育ち方に影響を与えているところも大きいと思います。
長女(現在中1)が小学1年生になって、はじめての授業参観へ行ったときの驚きは今でも覚えています。
誰かの意見に対して、全員が声を揃えて、
「同じです!」
「一緒です!」
「違います!」
などと言う光景。本当に驚きました。
軍隊を育てているのかと感じたのです。
全員が同じ発言をするように指導されていて、もっと個人で自由に意見を言い合えないのかな?
子どもってもっと自由なんじゃないかな?
そう感じました。
体育の時間も先生が話すときは、きちんと体育座り(三角座りとも言うのかな?)をして姿勢よくいなければいけない、
姿勢は大事だと思うけれど、もう少しゆるくても自由でもいいんじゃないかなと個人的には思うんです。
もっと自発的な雰囲気だと、子どもたちも自分への自信が育ちやすいのではないかと。
今のあり方だと、そこ(全員一緒)からはみ出すとダメになっちゃいますよね。
(私はめちゃくちゃ昭和の、そのような環境の中で育ってきたんですけど^^;)
「先生に怒られるから、ちゃんとやる。」
それが、子どもたちが動く動機だと楽しくないですよね。
子どもの頃はそれが当たり前だと思い、その中で一生懸命歩んできたけれど、大人になった今、「みんなが全部いっしょ」という足並み揃えてはみ出さない教育のあり方に違和感を感じます。
「学校教育」という大きな環境においても、時代に合わせて変化していく必要があるなととても感じます。
まずは、大人から変わっていくこと。
何よりも自分自身から、自己肯定感を高める、自分をありのまま受け入れられる人間になることが、自分自身の幸せにもつながるし、周りの子どもたちや社会にもつながっていく自分にできることだなと感じます。
まとめ
今回は、自己否定の嵐でメンタルがどん底だった私が、そこで感じた大切なことをまとめていきました。
人間、四六時中、元気ハツラツではいられないですよね。
「動」もあれば「静」もある。
「陽」もあれば「陰」もある。
そのどんな自分の感情も素直に感じること、自分の弱さから逃げずにちゃんと向き合うことがめちゃくちゃ大事で、自己受容につながることなんだと感じることができました。
これからもどんな自分でもありのまま、そのまんま受け入れられるように自己受容の積み重ねです^^
(エルサのように^^… ありのままの~っ自分になるの~♪)
←最近、エンドレスで頭の中を回っていますww
最後に、今日車の中で何気に聞いていたラジオからケツメイシの『涙』が流れてきました。
めちゃくちゃ今回の記事の内容とヒットしていて、またまた涙がこみ上げてきたので下に貼っておきます↓↓
歌詞がとても素敵なので、ぜひ聞いてみてください♪
癒されますよ^^
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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