キッチンで片づけをしながら、夕食の献立に思いを巡らせてるときにふと気づいたんです。
「あれ、今日も旦那氏は18時までには帰ってくるから、夕食一緒に食べれるよね」
と。
ごく普通の日常の出来事かもしれませんが、その瞬間私の目に涙がこみ上げてきたのです。
コロナで世界が不安や葛藤で大きく揺れ動く中、我が家の旦那氏の仕事も減っているため、これまでは平均して24時だった夫の帰宅時間が最近では18時までには家に戻るようになっていたのです。
そんな中で私が気づいた家族の存在のありがたさや、今あるものが当たり前ではないことなどについて今回はお伝えしていきたいと思います。
今、子育てやお仕事などでモヤモヤやイライラ、満たされていないと感じているあなたへ、少しでも心に温かさを感じられるきっかけになれたら幸いです。
それでは、いってみよう~!
“夫は仕事で家にいない”に慣れ切った私
旦那氏が毎晩18時までに帰宅するようになって約1か月。
夫が早めに帰ってきて一緒に過ごせることに安心感を覚えています。
冒頭でもお伝えしたように、なぜ私にとって旦那氏と一緒に毎晩家族そろって夕食を食べたり、過ごせることが涙がこみ上げるほどの出来事だったのかというと、我が家のこれまでの生活スタイルに大きく関係しています。
我が家は3年前までめちゃくちゃ転勤族で、平均して2年に1回全国を引っ越していました。
その上、旦那氏の仕事は出張も多く1か月や2か月家にいないことが年に何度かありました。
週末も出張、GWも出張。人が休みの時ほど忙しくなる仕事でした。
そして、帰宅時間も定まらない。
家にいても職場の人たちからの電話が入ってくるので、正直当時は本人も家に帰っても本当の意味で心が休まらなかったと思います。
こちらも話しかけづらいし。
精神的なことを言うと、私は引っ越しながら4人の子どもの妊娠出産育児とやってきたので、楽しさや喜びがある反面、我慢の多い生活でした。
仕事だから、子供はまだ幼くても妻と子供たちを残して1か月も2か月も出張に行く。
ある時は、真冬の札幌に引っ越して2週間後には夫は出張へと出発しました。
夫が戻ったのはそれから約2か月後。
生後半年の長女と2人、右も左も分からない土地に残され、信じられない思いとどうこの2か月を乗り越え娘と楽しく過ごせるか、それしかありませんでした。
とにかく、
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夫も一緒に家族全員揃って過ごしたい
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この思いがずっと私の心の中にあり、それができない夫の働き方に対する不満はとても大きかったです。
3年前に転職してからは、出張はほぼありませんが、帰宅時間は遅く家族と過ごせる時間は少ないままでした。
結婚当初からこのような暮らしぶりが10年以上続いていたので、今回のコロナをきっかけに毎日18時には帰宅するという生活が本当に初めてだったのです。
それが1か月も続くなんて、結婚生活14年目にして初です。笑
ずっと願ってた家族そろっての時間
家族全員揃って過ごす日常は私の中でずっと願っていたことでした。
私が子どもの頃は、毎晩家族みんな揃って夕食を食べるのが日常だったので、今、夫もそろって家族全員夜家で過ごしているのが私にとっては嬉しいことです。
夫が家にいるということが嬉しい。
本音を言うと、夫も在宅でできる情報発信ビジネスに一緒に取り組んで、もっと自由に家族との時間を楽しんで、もっと心と時間とお金に自由な暮らしがしたいと思っています。
しかし、こればかりは夫の意志によるものなので私がどうこうできることではないのですが、私の大きな野望です^^
(↑まぁ、夫にはよく勧めてているんですけどね、今のところ乗り気じゃないです^^;)
それで思ったこと、他の人からするともしかしたら夫と毎晩夕食を囲んで家族と過ごす時間は日常かもしれない。
でも、そうじゃない人もいる。
少なくとも私にとってはめちゃくちゃ嬉しいこと。
毎晩旦那氏が18時には帰宅して、家族と一緒の空間にいて会話したり食卓を囲めることが嬉しい。
もちろん、その背景には仕事が減っていて今後どうなっていくかという多少の不安はありますが。
でもこの環境もいいように考えて、働き方を見つめ直して良い方向へ進んでいけたらと個人的には考えています。
何が言いたいかというと、
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今当たり前に感じていることも、本当は当たり前じゃないかもしれない。
\
ということ。
子育てもいつか終わりが来る
子育てもいつか終わりが来る。
これは特に、長女の成長につれてよく感じるようになっていることです。
乳幼児期は、夜泣きやイヤイヤ期など、
「いつ終わるんだ~!このままずっと続くんじゃないか」
と心配になったり、もう解放されたいと思ってしまう時もありますよね。
でも、その夜泣きもイヤイヤ期もずっとは続きません。
いつか必ず終わりますよね。
我が家の4人の子どもたちは、現在
- 長女(中1)
- 長男(小5)
- 次女(小3)
- 三女(年中)
ですが、一番年上の長女が小学校高学年頃からだんだんとお友達との時間が増えてきました。
そして、中学に入学した今では休日もお友達と約束があるから、と家族より友達との時間を優先して過ごしています。
それは娘の成長なので嬉しいことなのですが、もっと一緒に過ごしたいなという気持ちもあります。
今は見守りながら、娘が話しかけてくるときにはちゃんと話を聴いてあげるように努めています。
中1で13歳。
この子が高校卒業後にもし家を出ていくのなら、家族みんなで過ごせる期間はあと5年。
これまで一緒に過ごしてきた年数の半分もありません。
そう考えると、どれだけ今一緒に生活して過ごせるこの時が尊いでしょうか。
書きながら涙が出てきます。
あれほど子育てに追われて、一人になりたいと心底思っていたことが嘘のように、今では子どもと過ごせる時間がとても尊く感じられます。
(いや、今でもたまに一人になりたーい!って思う時はあるな、はい。笑)
自分が親になって子育てしていく中で通過していく感情を、実際に自分の親も私がどんどん成長して親離れしていく姿が嬉しくもあり、どこかで寂しさも感じていたのかなと重なることが多いです。
あなたは次の言葉を聞いたことはありますか?
1.乳児はしっかり肌を離すな
アメリカインディアンの子育て四訓
2.幼児は肌を離せ、手を離すな
3.少年は手を離せ、目を離すな
4.青年は目を離せ、心を離すな
子どもが成長して自立していく過程において、親が子離れしていくことの大切さが伝わってくる言葉です。
子どもと一緒に当たり前のように過ごしている毎日は、本当にとてつもなくかけがえのない大切な時間であり、二度と戻ることのない今ですよね。
これは子育てだけに限らず、時間は巻き戻すことはできないもので、世界中の誰にも平等に与えられている24時間という「命」そのものです。
そして、何気ない日常が当たり前でないということは、私たちはそれらを失ったときにはじめて心底そのものの価値に気づくことがあります。
たとえば、東日本大震災が起こった時、普段当たり前に点いていた電気が消え、蛇口から水は出なくなり、避難先では温かいいつものお布団で寝れない、など昨日までは当たり前にできていたことが一瞬でできなくなってしまいました。
我が家は当時仙台市に住んでいたので、津波は免れたものの震災の影響を直に受けました。
それで、どれだけ昨日までの平和な日常、蛇口から当然のように水が出ること、スイッチ一つで電気がついたりコンロから火が出ること、行きたいときに自由にトイレに行けることが本当にありがたいことかを痛感しました。
きっと多くの人が感じたことだと思います。
病気やケガもそうですよね。
その状態になって初めて、健康で元気に過ごせる日常がどれだけ幸せなことかが分かります。
だからと言って、そのものの大切さを知るために震災に遭ったり、病気や事故にわざわざ遭うのは好ましいことではありません。
「当たり前」→「ありがとう」へ
それでは、どうやって普段の日常の当たり前に感じていることに感謝しながら歩めるか?
それは、
心に余裕を持つこと
だと思います。
毎日忙しく歩んでいると、目の前のことに心が奪われてしまって感謝する心より、焦りや不安モヤモヤイライラした気持ちの方が湧いてくることが多いです。
しかし、心に余裕があれば落ち着いて自分を見つめることができたり、周りを見ることができます。
私自身、いつもそのように落ち着き払って毎日を過ごせているわけではないのですが、意識してやっていることは、
- マインドフルネス瞑想
- モーニングページ&日記(内省)
の2つです。
瞑想はたとえ短い時間でも、やると思考をストップして「今」に心を落ち着ける練習になるのでとても効果的です。
忙しい人ほどお勧めしたいです。
私がマインドフルネス瞑想に出会い、とても参考になった本を2冊ご紹介します↓↓
あと、モーニングページや日記などで自分の考えや感じたことをノートに書き出して、自分と向き合う時間もとてもお勧めです。
その中で、今日ありがたかったことや嬉しかったこと、逆にイライラしたことモヤモヤしたことなど、自分の心が揺れ動いた出来事を書き記すといいですよ。
私はめちゃくちゃごちゃごちゃ考えやすい人だったので(笑)、特に書き出して整理するのはとても大事だし、またこの時間が好きです。
それで、あなたは「ありがとう」の反対の言葉が何か知っていますか?
それは「当たり前」だそうです。
見出しにも書いたので、勘の良いあなたなら既にお分かりですね^^
あなたが今、当たり前に感じているのはどんなことですか?
一度、それらを見つめ直してみるのもいいですね。
下にご紹介している本は、私が知り合いに勧められて読んだ本ですが、お金や子育て健康など生きていくうえで大切な心持ちについて書かれていて、とても参考になりました。
まとめ
今回は、夫が毎日帰宅時間が早くなったことで感じた
◆当たり前のようなことが、本当は当たり前でないこと。
◆「当たり前」から「ありがとう」の気持ちに気づこう
についてお伝えしてきました。
私自身、記事を書きながらもっと夫や子どもたち、身近にある環境への感謝の気持ちを持とうと思いました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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コメント
コメント一覧 (2件)
ふみえさん、こんにちは♪
うちの旦那も出張こそないものの帰宅が遅いので、とても共感しました!
緊急事態宣言が出てから解除されるまでずっとテレワークだったんですが、平日に家族で一緒にご飯食べるとか、今までにない経験だったので、本当にありがたい経験だったなあと思いました。
「ありがとう」の反対の言葉が「当たり前」って、考えたこともなかったので、目からウロコでした。
ちょうど私も、当たり前ではないという趣旨の記事を今日書いたので、そこも共感しました
何事にも感謝の気持ちを持って過ごしたいですね。
まあやさん、こんにちは^^
コメントありがとうございます!!
まあやさんのお宅も似たような状況だったのですね。
家族そろってご飯を食べれるのって、
当たり前のようでそうでない家庭もきっと多いですよね。
本当ありがたかったです。
今はまた日常に戻りつつありますが、
感謝する心を忘れないようにしたいですね☆