ふみえのプロフィール

私は現在、夫(同じ歳の会社員)と長女(小6)、長男(小4)、次女(小2)、三女(年少)の6人家族で暮らしています。

家族全員がそろうと家の中の賑わいようがすごいですが、家族みんなで過ごせる時間が私にとっては一番貴重な時間です。

夫の全国転勤、度重なる長期出張、孤独な子育て生活、・・・。

40歳を目前に、周りに流され目の前のことに追われるように必死に生きてきて、本当に自分が望んでいる人生を歩めていないことへの不満と葛藤、焦燥感の中で私はネットビジネスと出会いました。

ネットビジネスとの出会いは、私にこれまで失っていた人生に対する希望を与えてくれ、自分自身の可能性を信じる心を蘇らせてくれるきっかけとなりました。

  • 時間の自由
  • 精神的自由
  • 経済的自由
  • 身体的自由

この4つは、私が怒涛の転勤・子育て・仕事の生活をする中で、自分が心から求めているものはこれだと気づいたことです。

大切な人たちとの時間を大切にしたい。

何にも縛られず、自分の心に素直に自由に生きていく。

まだまだ人として成長の途上にいますが、私が本当の自分に立ち戻っていくようになった経緯をお話していきたいと思います。

ふみえ
気になったところから読んでみてくださいね。

人事は突然やってくる

「札幌に人事になったよ。」

生後4か月の長女を連れて2人で帰省した年末の沖縄。

娘に授乳しながら出た夫からの電話は、1月から札幌に人事になったとの話でした。

「えっ? 札幌?!」

私たち夫婦は当時関東に住んでいましたが、夫は年末年始の約2週間出張でいない為、長女を連れて実家のある沖縄へと帰省していたのです。

結婚後初めての人事。

暖かい沖縄での大晦日から一か月後、私たち家族3人は雪の降りしきる札幌の地へと降り立っていました。

見たこともない雪景色。

道路沿いによけられ積もった山のような雪。歩き慣れない雪道。

夜中に聞こえる除雪車の音。

結婚前から夫には転勤があることは知っていたので、新天地での生活に対しては不安よりもわくわくするような気持ちの方が大きかったです。(最初の頃は・・)

でも、心のどこかで

「これからこういう生活(言われるがままに転勤引越ししていく生活)が始まっていくんだな」

「夫について生きていくのが自分の運命なんだ」

というような思いもありました。

そして、札幌に着いて2週間後、夫は再び2か月間の長期出張へと出発していったのです。

住んだこともなく知り合いもいない地で幼い娘と二人残され、真冬の2か月間を過ごすのは本当に孤独でした。

そういう生活が結婚後約10年間続きました。

韓国で切迫早産に。涙の一カ月入院生活

そして、子育ては待ったなしです。

一人目子育ては何もかもが初めての体験で、「娘の月齢」=「母親になってからの月日」と同じです。

私は一人目(長女)を妊娠中にとある研修に参加するため、妊娠中期に韓国へ渡っていました。

妊娠生活に対する知識が足りなかった故、無理をしてしまい研修期間の途中で出血。そのまま切迫早産だと診断されて、現地の病院に約一か月間入院しました。

初めての妊娠で不安もある中での異国の地での入院生活。

日本人スタッフも多くいる病院ではありましたが、三度の食事はすべて韓国食。

流れてくるTVの音もすべて私には分からない韓国語。

切迫早産になってしまったことへの不安と、

あとどれくらいここで入院していなくちゃいけないんだろう、

いつ日本に帰れるんだろう、

いつ夫に会えるんだろう

赤ちゃんはちゃんと無事に生まれてきてくれるんだろうか、

そういった不安と寂しさでいっぱいでした。

点滴につながれ、トイレ以外は安静にしていなければならない体はだんだん体力を失っていきます。

日本にいる夫に電話を掛ける為、部屋から数メートルほどの公衆電話まで歩くのにも足の筋力の衰えを感じるほどでした。

そして、しばらくすると原因不明の湿疹が私の両足に広がり夜も眠れないほどの痒さで、嬉しいはずの妊娠生活が涙の入院生活となりました。

そのような状況の中でも唯一希望だったのは、お腹の中の赤ちゃんが元気にすくすく成長してくれていることでした。

結局、病院側も湿疹の原因が分からないため対処ができずに、私は急遽日本へ帰国することに。

そこからさらに一か月、日本の病院で入院生活を続けました。

本当は早く自宅へ戻りたかったですが、日本へ帰れることと、近くに夫がいることだけでかなり安心できました。

長女は予定日を過ぎて超安産で生まれてきてくれ、出産した時の喜びは本当に大きなものでした。

それから1年7か月後には、長男を出産。

息子の時は札幌から夫の実家へ里帰り出産。

年子で生まれた2人の子どもたちを連れて、飛行機に乗り再び札幌へと戻りました。

3人目出産後、病気と診断

3人目(次女)は仙台で出産しました。

我が家の4人の子どもたちは、夫の転勤が約2年に1回あったため全員異なる県で生まれました。

次女を出産したのは、東日本大震災の翌年。

札幌から仙台への人事を聞いたとき、もうすぐ起きると言われていた大地震が脳裏によぎったのを覚えています。

その予感が当たり、仙台で震災に遭いました。

その時も夫は一か月間の長期出張で不在。

私は2人の幼い子供たちを連れて、近所の小学校へ避難していました。

震災翌日に帰ってきてくれた夫と、偶然自宅で再会できた時は本当に安心しました。

そしてその翌年に次女を出産。

その頃には、結婚後ずっと仕事が多忙で子育てや家事になかなか関われず、家族との時間が少ない夫に対する不満が私の中で大きくなっていました。

転勤、妊娠、出産、子育て、仕事。

私の中ではもういっぱいいっぱいで、もっと夫に協力してほしい。

私の大変さをもっと分かってほしい。

そんな思いでいっぱいでした。

夫は会社で責任ある立場だったので、その妻として今の環境にも不満を言わず耐えなければ、むしろ感謝して歩まなければ、という変な義務感や責任感がありました。

しかし本心では、

こんなに家庭を犠牲にしてまでやらなければいけないことなのか!!

と理解できない気持ちでいっぱいでした。

そんな中、次女を出産して後すぐに私はある病気だと診断されたのです。

子供の頃からスポーツが大好きで健康だけが取り柄だと思っていた自分が、なんで・・・。

それは私の誕生日の少し前に診断されたので、誕生日を家族で祝っている間中私は

「来年の誕生日には生きていないかもしれない。」

「これが最後の誕生日かもしれない。」

悲壮な思いで涙がとまりませんでした。

笑顔で歌を歌い祝ってくれる子どもたちは、涙を流す私を少し不思議そうなまなざしで一生懸命祝ってくれました。

人生ではじめて「死」をリアルに意識しました。

その後、次女が生後4か月になる頃、九州へと人事になりました。

4人目出産後、ネットビジネスと出会う

4人目(三女)は広島にて出産。

九州に引っ越して2年後、広島人事を言い渡されたので、またもや大きなお腹を抱えての引っ越し。

実はその頃から夫は転職を考えていました。

無事に三女を出産後、私は友人を通じてブログを軸としたネットビジネスと出会ったのです。

これまで引っ越しの先々でパートを探してはやってきていたのですが、正直幼い子供たちを連れての出勤、仕事、家事、育児の繰り返し生活は本当にしんどいものでした。

毎日時間に追われているような日々。

あまりに時間の余裕、精神的な余裕、体力の余裕がなくなり、怒らなくてもいい事にも子どもたちを怒ってしまう自分。

何のために働いてるんだっけ・・。

と、とにかく「しんどい」、の一言でした。

ワンオペ育児でしたし。

三女が1歳になる頃、そろそろ仕事を探していかないといけないかな、とぼんやりと考えていた頃のネットビジネスとの出会い。

当時私は、夫の転勤や長期出張で夫がいない生活にはもう慣れっこでしたが、そんな生活にももううんざりしていました。

長女は現在小6ですが、小学校3校目。

長男や次女も保育園を何度も転園。

私もどうせ引っ越すからと人間関係も希薄でした。

どこか子育てしやすい場所で落ち着いて子育てがしたい。

もっと夫も一緒に家族で過ごせる時間をたくさん持てる、そんなライフスタイルを送りたい。

そういう思いが転勤を繰り返す中で募ってきていました。

そんな中、

●主婦でも子育てしながら、在宅でブログを軸とした主婦起業ができる

●自分のこれまでの経験や、好きなこと得意なことを活かして仕事ができる

このような働き方、生き方があることをそれまで全く知らずにいた私には、とても衝撃的な出会いだったのです。

そして、それから毎日ネットビジネスとは?ブログで稼ぐとはどういうことか?をネットで検索しまくる日々。

私はそもそも知り合いを通じてネットビジネスを知ったので、その友人を信じていたため変な怪しいビジネスだという疑いはありませんでした。

むしろ、その友人が子育てと両立しながら生き生きとネットビジネスで成功していってる姿にとても魅了されたのです。

転勤生活や、目の前の家事や子育て、仕事に追われ、いつまでこんな暮らしが続くんだろうと不満足感や時に焦燥感を感じる事すらあったので、

「ブログを軸に在宅で自分が好きなこと、得意なこと、これまでの経験を活かしてビジネスしていくことができる」

という働き方(=生き方)を自分もやってみたい、と心の底から湧き上がる思いがありました。

母でもなく妻でもなく、ただ一人の「自分」として新しい可能性に挑戦できることにとても希望を感じたのです。

ずっと忘れていた、子供の頃にあったような将来に対する希望、ワクワクする思いが蘇ってきたのです。

私にもできるかもしれない。

私もやってみたい。

純粋にそう思いました。

このような働き方(ネットビジネス)を知るきっかけをくれた友人に、そしてその友人との出会いに心から感謝しています。

他人軸から自分軸へ

また、ネットビジネスとの出会いは働き方の変化というだけでなく、自分自身の生き方そのものを変えていく大きなきっかけとなりました。

私の周りでは、会社に雇われながら子育てや家事をしている主婦がほとんど、と言うか99.9%がそういう働き方をしています。

先ほども書いたように私はこれまで外に働きに出ることにとても負担を感じていたので、そういう働き方に魅力を感じていなかったのです。

通勤があることや、子供が病気で休む時のどこか後ろめたさや振替出勤をすること、面倒くさい人間関係、どんなに頑張って働いても10万円前後のお給料。

子育てしながらでも働きやすい仕事を探すので、どこかを妥協して選び働かなくてはいけない環境。

そこそこの楽しさはあっても、これまでやってきた仕事の中で少なくとも私は、心からの楽しさや充実感を感じたことはありませんでした。

それでも自分以外の周りの大多数が会社に雇われる生き方をしていると、世の常識にすぐに戻りそうになってしまう自分でもありました。

なぜなら、子供の頃から親や先生など周りの評価や世間の常識を基準として生きてきた期間があまりにも長いから。

それが正しいかどうかなんて時代や人によって変わっていくのに。

子供の頃は怖い父親の顔色をいつも伺っていたし、学校では良い成績を収めることに喜びを感じていました。

自分の素直な気持ちや思い以上に、周りの評価や目を意識し、常識と言われている事から外れることを恐れ、そのレールから外れないように生きてきたからです。

あまりにも自分の本心、素直な気持ちや心に素直に生きる事よりも、周りに合わせて生きることが上手になっていたので、本当に自分がやりたいことや好きな事、本当の自分自身さえ見失い分からない状態でした。

毎日子供を叱ってばかりの自分を無意識にダメな母親だと責め続け、周りのママ友の方が素晴らしいように見えてしまったり、

仕事が多忙で、家事育児になかなか関わってくれない夫に不満をぶつけまくったり、

どこかで今の生き方に満足できていないし、周りを基準に生きてきた自分に自信なんて持てずにいた私は、自分を責め続け、周りにいる大切な人たちをも責めてしまっていたのです。

ネットビジネスとの出会いを通して、これまでの自分自身の人生を振り返る機会が多くありました。

その中での大きな気づきは、

どれだけ他人軸で生きてきていたんだ。

自分を大事にできていなかった。

ということ。

自分の本当の思いや素直な心の声を無視して、周りの意見や世間の常識を良しとして歩んできていたこと。

だから、これからはそんな他人軸で生きていく生き方はしたくない。

世間の常識や周りの人に流されて生きるのでなく、自分で自分の人生をコントロールして生きていける人になろう。

そう思ったのです。

その為にも、今の生活を自分が目指す生き方へと方向を合わせていくのにアフィリエイトで稼いで自由に自分で人生をコントロールしていく道を選びました。

働き方と自分自身、生き方、価値観をバラバラとした別個のものでなく、全部一つにしていく。

そこを目指しています。

そして、子供の頃から家族みんなで旅行に行ったり食事に出かけたりという経験のない私にとっては、家族みんなで過ごせる時間がとても尊いです。

きっと誰にとっても、大切な人たちと過ごせる時間はかけがえのない時間ではないでしょうか?

生活の為にと、家族との時間をけずってまで仕事に追われる生活をする為に結婚したわけでもありませんし、そんな家庭生活を夢見ていたわけでもありません。

家族で一緒にいろんなことを体験したり、楽しい思い出をたくさん作ったり、みんなでたくさん笑って幸せな時間を過ごしたい、ただそれだけです。

子供たちもあっという間に成長して親元を離れていきます。

今しかできないことをたくさんやっていきたいと思うのです。

その為にも今の働き方や生き方、自分自身の価値観を見つめ直して、本当に自分が願っている生き方へと方向を合わせていくことに遅すぎることはありません。

「生きてるだけで丸儲け!」

です。

命ある限り、いつからでもなりたい自分や願う生き方へと歩を進めていくことはできます。

私もすでに40歳をすぎましたが、「今さらネットビジネスに取り組んだって・・」、と年齢を理由に諦めたら今までの生活の延長線上にしかこれからの未来もありません。

お金にカツカツし、仕事で忙しいからと子供たちと遊ぶ時間も体力も残っていなくて、毎日疲れた顔で夫や子どもたちに対する自分。

そんな自分の後ろ姿を見て育つ子供たちは、きっとこう思うのではないでしょうか。

「大人になると大変なんだな」、

「大きくなったら働きたくないな」、

「大人になりたくないな」

と。

少なくとも私自身は、苦労しながら働く両親を通して「人生は苦労してこそ価値がある」という” 苦労 ”=” 美学 ”のような価値観を持って成長したので、「苦労しなければ」という変な潜在意識が深く自分自身の中にありました。

それに気づいたのも30代になってからです。

「仕事って楽しいんだな」

「生きるって楽しいんだな」

「お母さん(お父さん)を見てると、早く大人になりたいなって思う。」

そんな風に子供たちに思ってもらえるような生き方をしていきたいですよね。

もしあなたが本当に今の生活をどうにかしたい、周りに流されずに自分が本当に願う生き方をしていきたいと思うのなら、できるだけ早いうちにその方向へと小さな一歩を踏み出されることをおすすめします。

周りがどう言うか? 周りにどう思われるか? は一切関係ありません。

あなたの本心がどうしたいと言っているのか?

その声に耳を傾けてほしいと思います。

周りはどうこう言っても、結局誰も自分の人生に責任など持ってくれません。

自分の人生に責任を持てるのは自分だけです。

自分を幸せにするのも不幸せにするのも自分自身です。

何を選ぶか? どちらを選ぶか? の違いです。

あなたが幸せを感じ、あなたの大切な人たちも幸せになれる生き方をぜひ、一緒にしていけたらと思います。

SNSアカウントについて

こちらは個人アカウントです。お気軽に友達申請してくださいね♡

(ブログを見たと一言いただけるとすっごく嬉しいです^^!)

よくつぶやいています^^お気軽にフォローしてくださいね☆

お気軽にフォローしてください^^ とっても嬉しいです♡

まとめ

最後までプロフィールを読んで下さり、ありがとうございました。

これからも、一人でも多くの人が自分を抑え、不満足な人生を歩んでいくのでなく、もっと自分の可能性を信じて心からの幸せと、大切な人たちとより幸せな人生を歩んでいけるように、役立つ記事を書いていきたいと思います。

感想や質問、雑談などお気軽にメッセージ送ってくださいね。

直接ふみえに届きますんで^^

The following two tabs change content below.
ふみえ
笑顔の種まき人。私らしく笑顔の関係を築き広めていくのがモットー。 アラフォー4児の母。